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京都家庭裁判所 昭和40年(少ハ)1号 決定 1965年11月10日

少年 S・R(昭二三・一・二四生)

主文

少年を満二〇歳に達するまで中等少年院に戻して収容する。

理由

一、少年は、昭和三七年八月七日当裁判所において、虞犯保護事件により医療少年院送致の決定を受け、同月八日京都医療少年院に収容されたが、同少年院入院後は、当初危惧された精神病的な症状は認められず、従つて医療処置の必要はなく、むしろ処遇の場を変えて再起を促すことが望ましいと言うことで昭和三九年三月一一日に中等少年院加古川学園へ移送され、同年一一月二六日同少年院からの仮退院を許可されたものであるが、同少年院仮退院に際しては、以後遵守すべき事項として犯罪者予防更生法第三四条第二項に規定する所謂一般遵守事項の外、帰住地は姫路市新在家切ケ坪二六八-一更生保護会播磨保正会(主幹岸本肇)に指定され、以後は保護会主幹の指導に従い寮則を守り、無断退寮等身勝手な行いを決してしないこと、就職の上は真面目に辛抱強く働くこと、その他の事項が定められ、少年もこれを履行することを誓約して、即日同会に引き取られ、併せて神戸保護観察所の保護観察に付されていたところ、その後約一ヵ月は、さしたる問題もなく経過したが、昭和四〇年一月一日に至り、同会を無断退所して標記京都市の自宅に帰住した。しかし自宅近隣の保護司らの指示により、同月五日に一旦は神戸保護観察所に出頭し、同所において説諭を受け、住込就職の斡旋をも受けたが、少年は就業を拒否した上即日再び京都の自宅に帰り、その後同月九日には、自から京都保護観察所に出頭して京都に転住したい旨強く希望したため、同所においては神戸保護観察所と協議の上、同日京都市東山区山科東野片下り町四〇更生保護会平安黎明会に転住を許可し、少年は即日同会の寮に入寮した。そして同所においては生活面での指導監督を受けるとともに就職の斡旋も受けたが、少年は同所において斡旋を受けた就職先にはいずれも永続き出来ず(稼働日数は○○精器株式会社八日、○○精工所半日、○○工務店一八日)この間二月一日には京都保護観察所において生活態度を改めるよう訓戒を受け、少年もその旨誓約したにも拘らず、その後も映画、パチンコ遊興等に耽り勝ちで、他の同僚からの非難も強く、又小遣銭に窮すると自宅に帰つては母にこれを強要し、意見をする兄に対しては暴力をふるい、三月二一日にも兄に対し庖丁を振り上げて「殺してやる」等と脅迫することもあつた。そこで、同月三〇日に近畿地方更生保護委員会から、これら遵守事項に違背する少年の仮退院後の行状、周囲の拒否的状況並びに現状では本人を委託すべき社会資源の開拓も困難である等の諸事情に照し、少年を施設に戻して収容することが、その更生のためには必要であるとして、犯罪者予防更生法第四三条第一項に基き本件戻収容の申請がなされたものである。

二、当裁判所において、調査、審判の結果上記のとおり、少年の遵守事項違背の事実は認められたが、少年が前記状況に立ち至つたのは、一つにはこのような資質の低格な少年の処遇に欠けるところがあつたことによるものではないかとの疑問もあり、且つ少年は一二歳頃から精神病院、医療、中等各少年院等の強制的収容施設内での生活期間が可成り長く、(通算四年三ヵ月余)一方弄火癖も認められなくなつた現在犯罪への傾向はさほど著しいものとは認め難い等の点並びに保護者らの拒否的態度を考慮し、当裁判所は同年四月一九日少年を試験観察に付した上、無断退所をしないことを条件に、精神薄弱者援護施設松花苑に補導委託したのであるが、少年は同苑から一週間で無断退所して所在不明となり、この試みも失敗に終つた。しかしその後少年は数日を経ないで自から職を探して京都市内の食堂に住込み就職したことが間もなく判明し、同店においては雇主の理解もあつて、一時は少年も希望を持ち可成り真面目に稼働していたので、当裁判所においても、引続き同所において試験観察を継続することとし暫くその経過を観察していたところ、約四ヵ月を経た同年八月末に至り雇主に反抗し、同僚と喧嘩する等のことがあつたため、同店を退職させられることとなり、その後は、再び自宅にあつて、保護者らの説得には耳をかさずに、夜遊びを続け、小遣い銭に窮しては大声をあげて、母親に迫る等、生活態度も可成り乱れた為、同年九月九日当裁判所においては再度少年を審判に付し、就職及び生活態度の改善につき厳重注意をした上試験観察を続行したが、なおその後も依然として生活態度は改まらず、父親の探して来た就職先も僅か三日で退職する等勤労の意慾は認められず、一一月四日、七日、一〇日の三回に亘り、少年が以前収容されたことのある京都市内の精薄施設大照学園に夜間無断で入り込んで宿泊し、又その頃自宅から兄のラジオを持ち出して勝手に処分する等、最近においては、その行状の乱れも更に度を加えるに至つたものである。

三、ところで、本件調査審判殊に試験観察等の結果明らかになつたところによると、少年が上記経過を辿るに至つたのは、その問題のある家庭環境等殊に両親の拒否的な態度等もさることながら、やはり結局はその社会適応性に乏しい低格な資質(IQ五八魯鈍級精薄に加えて神経症的であり、同時に爆発性の異常性格傾向等)に基因するところが大きいものと言うべく、その最近の行状生活態度等に照すと、犯罪への傾向は相当強くなつており、上記試験観察中の経緯並びに保護能力が認められないのみか、少年の施設収容期間の一日でも永いことのみを念じている保護者については言うまでもなく、他にこのような少年を委託すべき社会資源もない等の諸般の事情を併せ考えるとこの際は少年を中等少年院に戻して収容するのが相当であると認め、犯罪者予防更生法第四三条第一項、少年審判規則第五五条、第三七条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 近藤道夫)

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